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ポケッと女房

Author:ポケッと女房
釣りきちがいの夫としっかり者と言われながらもポケッとしている妻です。


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離婚

離婚のメリットを考えてみた。
好きな時間に起きて好きな時間に寝られる。
毎日自分の好きなものを食べられる。
誰に邪魔されることなく読書をしたりテレビを見たり。
行きたいところへもいつでも行けるし
その間の家族の食事の心配も要らない。
なにより誰はばかることなくおならが出来る(爆)
亡くなったポケッと女房の母は
「乞食と一人暮しは3日やったら止められない」
と言ってよくみんなを笑わせていたっけ・・・
きっと気楽だったんだろうな~

ではデメリットは?
なんと言っても生活費だろうな~
年金なんかじゃとても食べていけないだろうし
50歳過ぎると雇ってくれるところも限られてるし
独居老人お断りってアパートもある。
お金も住居もままならなくて気楽になんて
暮らせないよね。

もしこれらのことがクリアされても
ポケッと女房にはまだひっかかりがある。
離婚を考えた時、真っ先に思い浮かべたのは
子供の頃のことだった。
幼い頃に父親が病死したためポケッと女房は
母一人子一人の家庭で育った。
母はキャリアウーマンで役職だったため
帰りはいつも遅かった。
夏はまだしも冬の寒い日は、夕方明かりのついた
見るからに暖かそうな家に帰る友達がとても
羨ましかったっけ。
鍵を開けて暗い玄関で「ただいま~」と言っても
静寂はやぶれない。
寒々とした部屋にはもちろんこたつもストーブも
点いていない。
おいしそうな夕餉の匂いもしない。
離婚をして一人になるってことは昔に戻ることなんだ。
そう思うとどうしても一歩が出なかった。

離婚騒動の真っ只中、釣りきち親父は
「辛い思いも一杯させたけどいい思い出だって
同じくらいあるだろう?」
と何度も言った。
結婚生活30年の間に家族旅行(国内)5、6回。
決して思い出が多いとは言えないと思ったので
「片手にも足りん!」
とその時は言ったが、気持ちが落ち着いてくると
いろいろ思い出してきた。
しかも旅行に行ったとか何かを買ってもらった
とかではなくほんとに些細なこと・・・
女房が作ったアップルパイを
「おいしいやろ。 女房が作ったんやで」
と従業員に勧めていたとか
出張帰りに女房が発売日を心待ちにしていた本を
買って来てくれたとか
半額以下で買った洋服を正札のまま見せたら
「常識ってもんがあるだろが・・・」
と文句を言い、長女に
「ママが綺麗になるんやったら金に糸目は
つけんて言うたやんか」
と叱られたとか毎日普通に起こってることばかり・・・
幸せってこんな何でもないことなんやな~

ポケッと女房は欲張りだからもっともっといい思い出
一杯欲しいし一人になりたくないし
やっぱり離婚はしません!!




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腹立たしい思い出

昨日のお昼、ポケッと女房はNHKの
連続テレビ小説を見て号泣してしまいました。
主人公ハルカが結納の日に婚約者正巳に
逃げられてしまい、いたたまれなくなって
大阪へ行き彷徨っている場面。
女房も同じような苦い経験をしました。
釣りきち親父と遠距離恋愛をしていたのは
以前お話しましたが、原因は姑の反対。
それでも何とか結納も収まって結婚式まで
あと1ヶ月という頃、突然仲人から破談の
宣告が・・・
携帯電話のない時代。親父に連絡を取ろうと
思っても繋いでもらえない。
親父は納得しているのか?
姑の理解を得るために遠恋したのに
いったいこの5年は何だったの?
自分では解決のつかない苦しさのために
ご飯も食べれず夜も眠れず・・・
何も知らない人達と接するのもいやで
会社へも行けなかった日々。
結局4~5日後釣りきち親父が家出してきて
姑が私に謝って元通りになったが 
その4~5日間の辛さを今でも親父は
わからないと思う。
ポケッと女房が泣いているのを見て
「俺はあの時ちゃんとお前を選んだし、
そのことを後悔してないぞ!」と
偉そうに言っていたが後悔してるなんて言ったら
ぶっ飛ばされるぞ!
だいたい家出するんなら何ですぐして来ないんだよ?!
4日も5日もいったい何考えてたんだよ!
女房の辛さもわからず、結婚後も好き勝手のし放題!
あ~~思い出しただけでも腹立ってきた!

釣りきち親父へ

この先またこのように辛い思いをさせられた時には
即刻我が家から出て行ってもらいます。
何かよからぬことをお考えのときは充分覚悟の上で・・・
女房は誓約書を書いてもらって公正証書にしようかと
思ってるくらい本気です。      以上


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大恋愛… その30年後… Part 2

ポケッと女房と釣りきち親父が大恋愛をしていた頃
女房の親友かずちゃんもテレビドラマになりそうな
ドラマチックな大恋愛をしてました。

かずちゃんとその夫周さんはポケッと女房の大学の同級生です。
かずちゃんは細身の美人、人の気持ちばかり考えて行動するので
優柔不断、でも自分はしっかり持っていて入学当初から将来は
アパレルメーカーで働くことを希望していた。
周さんは私たちより4歳年上。 高校を卒業後就職したものの
仕事に満足がいかず自分で働いたお金で大学へ進学したという
骨のある人。 二人が一緒にいると大人のカップルという感じで
結構みんなの羨望を集めていた。

大学を卒業後、かずちゃんは希望通りアパレルメーカーへ
周さんは大手出版社へと就職した。
卒業後3ヶ月目にかずちゃんに「話がある」と呼び出された時、
二人はいずれ結婚するだろうというのが友人達の予想だったので
てっきりその話だと思って嬉々として出向いた。
ところがかずちゃんの口から出た言葉はただ一言「別れた…」だった。
あんなに仲の良かった二人が何故? 驚きのあまり声も出ない私達に
かずちゃんはことの経緯をポツリポツリと話してくれた。

卒業後1ヵ月半くらい経った頃にかずちゃんは周さんから
思いもよらぬことを聞いた。
戸籍上は自分は私生児である。 事実周さんの家は母子家庭だった。
お母さんと妹さんの三人家族。 でも父親は亡くなったわけではなく
母親が入籍も認知も拒否したそうだ。 
何故なら父親は組織の人だったから…。
周さんを妊娠したとき母親は父親を堅気の人だと思っていた。
戦後の混乱がまだ続いていた頃で仕事のない人も多く母親は
何の疑いも持たなかったそうだ。
妊娠を知った周さんの祖父(校長先生)は激怒し、母親を家から
追い出した。 そして父親と一緒に暮らしだしてしばらく経った頃
刑事がやってきてはじめて父親がどういう人か知ったそうだ。
周さんが産れた時、父親は刑務所にいた。 1年ほど経って
帰ってきたそうだがそれからはおおっぴらに怪しげな人達が
家に出入りするようになり、堅気の家に育った母親はそれが
耐えられなくて周さんを連れて家を出た。
親子二人でひっそりと暮らしていくつもりがまたもや妊娠が
わかり途方にくれていると兄夫婦が助けてくれた。
妹が生まれて子供二人を育てるために母親はかなり苦労をしたようだ。
父親はどこへ引っ越しても探し出し、何度も復縁を迫ったが
母親は頑として聞き入れなかったそうだ。
それでも二年に一度くらい父親はやって来て周さんたちと2~3日
過ごした後まとまったお金を置いていくそうだ。

黙っていれば何もわからないのに真っ正直な周さんはすべてを
かずちゃんとその両親に打ち明けた。
当然両親は大反対。 結婚するなら二人とも家の敷居は2度と
跨ぐなとまで言われ周さんから別れを切り出したそうだ。
泣いてすがったが「かずみの幸せのため」といって周さんの
決心は変わらなかった。
「やっとあきらめられた」と力なく笑ってみせるかずちゃんの
心中を察してポケッと女房達もそこが喫茶店であることも忘れて
大泣きした。
でもかずちゃんと周さんの縁はここで切れることがなかったのだが
長くなったので次回に続きます。



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